盗聴を受け入れることの大切さ
企業において、明らかに「盗聴している」ということが従業員の立場から「わかってしまった」場合、どのような態度でいればいいのでしょうか。
自分を雇ってくれている組織と戦うのか、それとも黙ってそれを受け入れるのか、さまざまな選択肢があります。さまざまな選択肢がある中で、まず大前提として考えたいのは、そこは「職場」であるということです。職場であるということは「仕事」をする場であるということです。「職場」ではプライバシーもなにも「無い」というわけではありませんが、そこに侵害されては困るような「プライベート」を持ち込むこと事態が「ナンセンス」なのではないでしょうか。
「見張られている」ようでなんだか嫌だという気持ちもわからなくはないのですが、「仕事は仕事」であるはずです。自分が思い通りに、自分が心地良いカタチで働くことができるのは理想ではありますが、世の中そんなに甘いものではないのです。大切なことは仕事に集中すること、そして「誰に聞かれても大丈夫」なような仕事をすることです。そのようなスタンスでいれば、特に仕事上の「盗聴」を気にする必要はないのではないでしょうか。
「仕事上の盗聴が嫌だ」ということは、聴かれては困るからです。その会社の決まりで、組織上の規定で、「私語」が厳禁であるとすれば、誰も聞いていない場所でこっそり話すことですら規定違反です。会社に損害が出る、会社には何の関係もなく、損害などあり得ない、両者に関わらず、自分が所属している組織で「禁止」されているのだとすれば、それは「守るべき」ルールです。盗聴によってその「規定違反」がバレでしまった場合、どちらが悪いのでしょうか。
盗聴で従業員を監視している会社なのか、それとも規定を違反した自分なのか、どちらでしょうか。
これはそもそも「違反」しなければ済んだことではないでしょうか。違反しなければ、会社から咎められることはなかったのではないでしょうか。そのようなことを考えずにはいられません。大切なことは「違反しないこと」だったのではないでしょうか。組織が定めていることに対しては従うこと、それが重要だったのではないでしょうか。
「盗聴の是非」の前に、自分の身の振り方を見なおした方がいいのではないでしょうか。会社は「会社の存続」をかけて毎日戦っているのです。足並みが揃わなければ強力な組織にはならないのです。足並みを揃えるために、盗聴までして従業員を監視する「必要」があるということです。そのようなことを理解し、従うことも必要なのではないでしょうか。
これは「泣き寝入りする」というわけではありません。少し以前から、職場、仕事の「見える化」という言葉が流行していますが、これは上層部に対して下から見えるようにするということだけではありません。上層部から下に対してもまた、「見える必要がある」ということです。ですから、まずは自分の足元を固めることが先ではないでしょうか。明らかに盗聴により自分の言動がバレたのだということがわかったとしても、それが「違反」なのであれば戦うことは難しいでしょう。自分がわるいのです。厳しいようですが、「社会」というものはそういうものでもあるということを覚えておきましょう。